短中ブログ2009

ポールスミスのセカンドライン、R.NEWBOLD

 1885年、ロバート・ブリュースター・ニューボールドはイギリスのダービーに服の製造・販売を目的とした工場とショップを開きました。(以下略)
 20世紀に入ってから、工場の生産品目は拡大し、炭坑夫の作業服、軍服、警察官や消防士、救急隊などのユニフォームも手掛けるようになりました。後に、ニューボールドはシャツの生産を専門とし、 70年代に入ってから、シャツの生産を通じてポール・スミスと深い関わりを持つようになりました。
 1991年、R.ニューボールド社は経営状態が思わしくないことから、ポール・スミスに「工場を買ってくれないか」という相談を持ちかけました。そこにはポール・スミスが人間として、企業として、これまで責任感のある態度で彼らに接してきたという背景がありました。さらにポール・スミスがニューボールドの潜在能力とスピリットを理解し、イギリスの服作りの偉大な伝統に再び新しい息を吹き込んでくれると彼らは確信していたのでした。

 R.ニューボールドのコレクションは、この工場が過去に生産していたことで良く知られている本物のスタイルとアイテムをベースとしています。それらにポール・スミスの個性的な要素をうまく調和させ、「Born In Britain(イギリス生まれ)」を強調するコレクションに仕上げています。

『R.ニューボールド社は経営状態が思わしくない』

にも関わらず、やたらと注文が多いです。

少なくとも頼みごとをするヒトの態度ではありませんね。

しかし、この頑固さとこだわりがポール・スミスに

R.NEWBOLDを認めさせたのかもしれません。

プロフェッショナル同士のやりとりほど見ていて気持ちのいいものはありません。

認めあうということは賞賛としてだけでなく、時には批判という形で表れることもあります。

それを乗り越えたとき新しい日の丸が見えてくるのではないでしょうか?

おそらく、靖国神社も幾重の衝突を重ねて今の形になったのだと思います。

宮内庁と委員会と神社サイドとの折衝が何度も行われていたことが

最近、公文書資料館が公表した資料に掲載されていました。

しかし、(合祀など)重要なところについてはまだ明らかにされていません。

ますますの情報公開が求められますね。

僕にとっては陸上も同じです。

様々なヒトの陸上に対する考え方、走りのメカニズムを聞いて

①まずはすべてに共通するベーシックな部分を理解すること。

②次に自分がどの立場をとっていくかを決めること。

③自分自身のオリジナリティを出していくこと。

これらは僕の中で様々な考えが衝突した結果として生まれてくるものです。

おそらく情報源は多ければ多いほど選択は正しく為されるものだと思います。

そのためにもこれから先輩・同輩・後輩といっぱい陸上の話をしたいとです。

是非、僕の成長のためにみなさん一役買っていただけないでしょうか?

よろしくお願いします。

次は、貯金は独りでやってくれ!僕を巻き込むな!!ババケンタ
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by keio_tanchu | 2007-04-06 23:28 | 日記
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